コラム こどもは私たちの宝|
私は今もこどもの詩を書いておりますが、こどもを見ていると、ああこのこどもたちが居なかったら、この町や村はどんなに淋しいことだろうと思います。こどもは光のようにこの町や村を輝かせているのです、もう幾千年も同じようにこどもは私たちの宝であったのです。
更新日:2008年11月11日(火) 10:50 PM | カテゴリー:コラム
私は今もこどもの詩を書いておりますが、こどもを見ていると、ああこのこどもたちが居なかったら、この町や村はどんなに淋しいことだろうと思います。こどもは光のようにこの町や村を輝かせているのです、もう幾千年も同じようにこどもは私たちの宝であったのです。
更新日:2008年11月11日(火) 10:50 PM | カテゴリー:コラム
今日も書いています。別に目的はありません ”ただ書く” 書いていれば幸せな気分になるのです。私が作詩を始めたのは20代のはじめです。それ以前はもっぱら詩のデッサンです。
言葉を考え、言葉を選ぶ
そして ”人の詩を読む どんどん読む” 詩人はみんなそれぞれの表現をします。表現法が違うのです。
例えば「春」をテーマに書いたとします。「春が来た 春が来た」と最初に書く人もいれば、「ぼくは春が好きなんだ」と実にラフな気持ちで書く人もいます。そこが詩の面白いところです。
Aさんが書けばAさんの感性ですから、Bさんが読めば面白いのです。
「そーかこんな風に書いているんだ!」
100人いれば100人の春があるのです。どんな風に書いてもいいのです。
”どんぐり一つ” ”かえる一匹” みな素晴らしい素材です。じっと見ていると、その個体の輝きが見えてくるのです。
更新日:2008年11月4日(火) 11:50 AM | カテゴリー:コラム
なぜ詩を書くのかと聞かれることがあります。私はそんな時はこう答えます。
「書くことが好きなんです。」
とにかく好きなんですと。頭の中にある言葉たちが、早く書けと言ってきかないのです。
どんぐりを見れば ”どんぐり” のうた。花を見れば花のうた。つまり、どんぐりのいのち・花のいのちを詩に書いているのです。
私たちは ”どんぐり” 一つ作ることはできません。どんぐりはからだの中に自然の時計を持っていて、春になると宇宙の中の一個の生命体としてちゃんと芽を出すのですね。そのへんを楽しくかいているのです。
どんなに人間が偉ぶってもどんぐり一つ作れませんし、蟻んこ一匹つくれません。生命体としてはまったくもって平等なんですね。
更新日:2008年10月26日(日) 12:50 PM | カテゴリー:コラム